副業魔女の私小説

人間として正しく生きるより、一匹のいきものでありたい。

ドロップアウトし続ける人生

わたしが今までやって来たことって、一体なんだったのだろうか。

と、ふと思う瞬間があった。

 

今まで、習い事はすぐにやめ、大学は途中で辞め、5年以上続いた仕事はない。全て途中で投げ出して、全て中途半端に終わらせてきた人生だ。あなたはこれまでに何をしてきましたか? と聞かれたら、「何もしていません」と答える他ない。

 

いや、そんなはずはない。生きてきたのだから、何かしら、何かはしているはずだ......わたしはそう思いたかったのだが、実際のところ何かを成し遂げたことも、やり遂げたことも、継続していることも、何一つなかった。強いて言うなら、「生きている」ということくらい。

 

それでも、これまでの間に傷つくようなことも、落ち込むことも、悩むことも、胸が焼け付くようなことも、揺さぶられることも、泣いたことだって山ほどあるのだ。本当に何もしていなかったら、それらのこともあるわけがない。わたしは一体何に傷つき、何に揺さぶられてきたのか? きっとそれが答えだ。

 

逆に考えよう。わたしは何故これまで、何もしないで来たのだろうか?

わたしは「何もできなかった」わけじゃない。できないのだ、と思い込んでいた時期もあるし、実際にできないことも多くあるが。それでもわたしは、自分で選んできたのだ。「何もしない」ことを、選択してきた。それは何故だっただろうか?

 

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答えは見つかった。

わたしは多分「レールを降りても生きていけるのかどうか」という挑戦をしたかったのだ。一般的な感覚として、「社会人として生きるためのレール」というものは存在していると思う。ちゃんと学校を出て、就職をして、キャリアを積んで、結婚して......というやつだ。わたしは多分、そこから降りたかった。といっても、そう思ったのは降りてしまった後なので、結局は単に、降りるしかなかったというか、そのレールの上では生きていけないタイプの人間だっただけかもしれないけれど。

 

一般的に、成功とは「登り詰める」イメージがあると思う。わたしはその反対で、社会に出てからこっち(いや、その前から)、ずっと降り続けている。降り続けた先にあるのは堕落だろうか。それとも、また違う道だろうか。わたしは多分、その道を模索している。自分にとって進みやすい、自分だけの道を。ちょっと模索時間が長いんだけどね......ああでもない、こうでもない、とあっちこっちぶつかったり、元来た道を一度戻ったり。また進み直したり、わたしは今もまだ模索の最中なのだ。

 

自分の周りがそうなのだけど、世の中もどんどんレールから降りる人が増えているように感じる。それも、わたしなどよりよほど軽やかに飛び降りて、よほどカジュアルに自分なりの道を歩いたり走ったり、泳いだり飛んだりしてる人たちが多い。彼らに比べて、未だに道を模索し続けて、亀の如き歩みしかできない自分に、コンプレックスを感じることもある。(レールを降りたら降りたでね......)中には、いつまで模索に時間かけてるんだよ、と言ってくる人もいるが、この辺は人それぞれと言うしかない。

 

どのみち、今あるレールは遅かれ早かれ崩壊する。時代は変わってゆくから、どんどん「今までのやり方」は通じなくなる。それに、若い世代を中心に、やはり今までのレールでは生きにくいと感じる人が増えているように思う。レール自体が崩壊することはなくても、そのうちレールから降りる人ばかりになって、レールそのものが機能しなくなる日は、来るのではないだろうか。

 

もし、近い将来そうなったときに、やはり「先に降りた人」の存在はあった方がいいのではないか。この先レールを降りたいと願う人、レールを降りようか悩む人の前に、「わたしは降りたよー」と言ってあげられる人の存在が、「わたしはレールを降りてこのように生きてますよ」と示せる人の存在があったら、きっといいだろうと思うのだ。そのうちの一人に、わたしもなりたいと思う。

 

そう考えたら、今まで「何もしなかった」人生にも、違う側面が出てくる。

 

人が当然努力することを「しなかった」わたしに、

人が当然我慢することを「しなかった」わたしに、

人が当然続けることを「しなかった」わたしに、

人が当然やることを「しなかった」わたしに、

わたしはエールを送りたいと思う。

 

よくやった、と祝杯を上げてやってもいい。空気を読まず、世間の風潮に従わず、親の期待を裏切り、孤独を厭わず、なじられることも、批判されることも、見下されることも、嗤われることも厭わず、よくその道を選べたと。よく、安全な道を捨てることができた、と。

 

本当は死ぬほど臆病で、人目が気になるし、打たれ弱くて傷つきやすくて、批判が怖くて仕方ないくせに。見栄っ張りで、プライドが高くて、人一倍「人からの評価」が欲しい人間のくせに。(小さい頃は成績優秀だったからね。それを引きずっているのよ)

 

それらを全部捨てた。いや、捨て切れてはいないけど。

実は結構な勇気を振り絞って、自己改革を何度も繰り返して、わたしは今ここにいるんだ。人が普通に頑張ることはひとつも頑張らなかったが、わたしはその点は頑張ったのだと思う。一体なんのために? それが冒頭の答えだ。

 

わたしは、わたしであろうとしていた。

 

多分、それだけだったんだと思う。

やり方は何度も間違えたと思うし、今もあってるかはわからない。これからも何度も間違えるのだと思う。それでもわたしは、わたしの生きやすい道を造りたいし、わたしが過ごしやすい場所で生きていたい。そのために、わたしなりの生き方を模索する。

 

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ドロップアウトし続ける人生に乾杯♡

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