副業魔女の私小説

人間として正しく生きるより、一匹のいきものでありたい。

「救われるべき人」なんて、この世にいない

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2年前、7年間従事してきた教育の仕事をやめた。

それを発表したとき、何人かの友人から言われたことがある。

「朝海さんなら、もっと多くの人を救えるのに(もったいない)」

という言葉だ。

 

わたしはこの言葉に、ふたつの違和感がある。

 

ひとつは、救いたい人がいるなら、自分で救えばいい、ということだ。

「多くの人を救えるのに」という言葉から察するに、彼女たちには「救われるべき多くの人」が目に映っているのだろう。その人たちを救いたい、という想いがあるのなら、なぜ自分で救おうとしないのだろう? なぜ自分で動こうとはせずに、わたしの働きに託そうとするのだろう?

 

あるいは、自分ではできないというのなら、わたしの元にその人を連れてきたっていい。この人を救って欲しいんです。朝海さんにお願いしたいんです、という手段だってあった。しかし、そういうことをする素振りは全くなくて、わたしが辞めると言ったとたん、「あなたに救って欲しい人がいたのに」「残念だ。辞めないで欲しかった」という言い方をしてくる。

 

これは一体どういうことなんだろう?

 

ーー救いたいのは誰なのか。

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で、それがふたつめの違和感に繋がる。

つまり、その「救って欲しい人」とは、実在しているのですか? ということだ。

おそらく、実在はしていないんだと思う。彼女たちのいう「多くの救われるべき人たち」は、具体的な誰かではなく、彼女たちの脳内でだけ見えている虚像なんだろう。

 

じゃあ、その虚像の正体ってなんなん? という話になるのだが、それは彼女たちが必ずワンセットで発言してくる言葉の中に、ヒントがあるように思う。

「わたしがこどもの頃に、朝海さんのような先生に出会いたかった」

わたしに上のような言葉をくれた人たちは、全員が同じように、この言葉を口にしている。こどもの頃に朝海さんに教わっていたら、わたしはもっと幸せだったのに。もっと楽しい学校生活が送れただろうに。

 

そう言ってもらえることは、心から光栄に思う。

 

でも、おわかりのように、彼女たちは全員、こども時代が楽しくなかった、不幸な学校生活を送っていた、と感じている人たちだ。だからこそ、そんな自分と同じように不幸な思いをしている、楽しんで学校生活を送れていないこどもたちの存在に意識が行き、それをわたしに助けて欲しいと願うのだろう。それは悪いことではない。

 

しかし、ここで考えなければいけないことがある。

彼女たちが救いたいのは、救って欲しいと願っているのは、本当は誰なのか? という点だ。

 

彼女たちが救いたいのは、こども時代の自分自身だ。

 

こども時代に、学校でいい先生に巡り会えず、クラスに馴染めず、勉強が嫌いで、傷ついていた過去の自分自身。その傷がまだ癒えていないから、同じような傷を持っているであろう「誰か」を探してしまう。その人を癒そう、救おう、としてしまう。けれど、それは順番が違う。

 

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自分が傷を抱えたまま、他人を何人癒しても、あなたの傷は癒されない。同じような境遇にいるこどもを、わたしが何百人、何千人救おうと、あなたの中にいる小さなこどもは救われない。

だから、わたしに誰かを救って欲しい、なんて、最初から的外れなんだ。

あなたが本当に救いたいこどもは、外の世界にはいない。そしてその子は、あなた以外の誰にも、救うことはできないんだよ。

 

だから、もしあなたに「救いたい誰か」がいるなら、その救いたい相手によく似たかつての自分自身を、まずは救ってあげて欲しいなと思うんだ。救うなんて大げさな言い方だけど、要は「その人にしてあげたいこと」を、自分にしてあげることだ。だってそれは、かつての自分が、誰かにして欲しかったことのはずだから。 

 

自分の中にいるこどもの声に、耳を傾けて。

なにが悲しかった?

なにがしたかった?

なにを言いたかった?

なにを言って欲しかった?

それを全部、今の、大人の自分が叶えてあげよう。

 

頭の中にいる、普段の「分別ある大人の自分」には、いったんご遠慮いただいて、無邪気で大人げないこどもの自分を、思いっきり喜ばせてあげよう。その、無邪気で、分別がなくて、未熟で大人げなくて、みっともなくて、どうしようもない、そんな自分を許そう。そんな「こどもの自分の存在」の居場所を、自分の中に作ってあげよう。 

 

自分で自分を安心させて、自分で自分を許して、自分で自分を認めて、自分で自分を褒めてあげて、自分で自分を勇気づけてあげて。それはきっと、あなたが誰かにしてあげたかったこと。それを全部、まず自分にしてあげるの。

 

そうやって、自分自身がが安心して、喜んで、幸せになったら、その目で改めて周りを見て欲しい。

「救われるべき人」なんて、この世にいないとわかるから。

全ての人が、自分で自分を救えるのだとわかるから。自分が救えるのは、自分だけなんだと、わかるから。

 

ーー救われるために救おうとするのは、終わりのない無限地獄

とりあえずね、身の上話をしながら涙を流してしまうような人は、人を救うとか考えない方がいいよ。人を救うことで自分が救われようとするとか、人を救える自分になることで自分に価値を見いだそうとしてしまうのも、たいへん危険よ。

 

それは、自分の世界に不幸な人(不幸に見える人)を量産してしまうだけだし、そんな動機で人をどれだけ救っても、終わりはないからね。自分を磨り減らすだけよ。

 

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この人と同じ闇に堕ちるでよ。

※この人とは→アーチャー(Fate/staynight) (あーちゃー)とは【ピクシブ百科事典】

 

この人のことは、わたし死ぬほど好きだけどね(笑)

「全ての人を救いたい」という理想の前に、この人はまず、たったひとりの自分自身を救ってあげたらよかったんじゃないかなと思うよ。殺そうとするのではなく。

 

ただUBWの結末を見るに、結果的に彼は救われたように感じる。

過去の自分を肯定することで、今の自分を癒すのがインナーチャイルドヒーリングなら、この人の場合は、過去(現在)の自分から肯定されて今(未来)の自分が救済された、逆インナーチャイルドヒーリングだな、と思った。

作中でも言われているように、魂の世界には時間の流れ(過去→現在→未来)は存在しないらしいから、こういうこともアリなんだなあ、とスピリチュアル目線で感動しました。

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